| 果たして何がKポップを定義するのだろうか? ジャンルとして見れば明確な答えはないが、産業の観点からKポップの最大の特徴は「分業システム」だ。観客に向かって歌って踊るアイドルの背後には、きらびやかなオーラとステージを彩るために努力する誰かが存在する。表舞台には立たなくても、静かにKポップを陣頭指揮する人々に出会うため、IZMはインタビューシリーズ『K-POPを創る人々』を開始する。『Kマンサ』(マンドゥヌン・サランドゥル=作る人々)の第3の主人公はプロデューサーのキム・ヘスだ。 昨年を彩った曲たちを語る際、RESCENEの『YoYo』と『Love Attack』は外せない。新人デビューしたばかりとは思えない美しいハーモニーとメロディーを誇り、グループは勢いを維持しEP『Glow Up』とシングル『Deja vu』で2025年のK-POPシーンを席巻している。核心は音楽の随所に染み込んだ『香り』。この香りの源を探るため、所属事務所のTHE MUZE ENTERTAINMENTを訪れ、社内取締役兼プロデューサーのキム・ヘスと出会った。 持っていた疑問は、1時間程度のインタビューを通じて簡単に解消された。バークリー音楽大学を卒業後、所属事務所の代表イ・ジュホンと作曲チームを編成し、やがてガールズグループ・RESCENEを企画するまで。彼女は会話中、冷静さを保ちつつも、言葉の端々に企画への情熱とメンバーへの愛情が滲み出ていた。実際にRESCENEの「ほのかなラベンダーの香り」は、キム・ヘスという人物の心が反映されていることに気づいた瞬間。『Kマンサ』の趣旨にふさわしい彼女の物語を伝える。 ![]() -現在、THE MUZE ENTERTAINMENTの取締役として在任中です。どのような役割を担っているのでしょうか。 会社の経営陣として、イ・ジュホン代表と共に制作業務を担当しています。代表はPRやマネジメントに重点を置き、私はビジュアルや音楽など制作部門に集中しています。基本的にA&Rチームは存在しますが、まだ社内にチーム長職がないため、チーム長の役割も兼任し、RESCENEを プロデュースしています。 -直接的に作曲に関与しているのですか? イ・ジュホン代表と私が一緒に曲を作り、《The Muze》という名前で活動しています。The Muzeは元々作曲チームとして始まり、後に会社として変更されました。ハウス作曲家兼取締役の役割を果たしていると捉えてください。 -イ・ジュホン代表とは大学時代の先輩後輩関係だと聞いています。プロデュース面での共通点や違いはありますか。 実際、 プロデュースだけでなく全ての面で私とは異なりますが、相互補完関係だと考えています。プロデュース面では代表は 大衆性に焦点を当て、私は音楽的な完成度に注力しています。業務的な傾向で見ても、代表は推進力を基盤にして仕事を広げるタイプだとしたら、私は細部まで丁寧に仕上げる役割を担っています。 -意見が対立する時はどうするのでしょうか? タイトル曲は代表の意見が優先される傾向にありますが、収録曲は私に任されることが多いです。例えば、今回のRESCENEのシングル収録曲『Mood』や以前のアルバムの収録曲『In My Lotion』、『Pinball』、『YoYo』では私の色合いが濃いですね。 -イ・ジュホン代表との業務上の相性はどうですか? タイトルと収録曲はメインディッシュとサイドディッシュと見なせると思います。個人的には、レストランの哲学とアイデンティティはサイドディッシュにより強く表れると考えています。この点で、代表がポピュラリティーというメインディッシュを構成する間、私は収録曲であるサイドディッシュにRESCENEのアイデンティティと方向性をより反映させようとしている。ファンが『Love Attack』でファンになり、『YoYo』と『Pinball』で定着するという話を聞くたび、代表と私のシナジーが良いことを再認識します。 -音楽の道に進んだきっかけが気になります。 家族の影響が大きかったです。姉に続いて3歳からピアノ教室に通い、クラシックで芸術中学校の入試を準備しました。 しかし、入試曲を間違えて準備したため、希望の中学校に進学できませんでした。13歳ごろ、音楽の夢を諦めようと思ったこともありますが、その情熱を簡単に手放すことはできませんでした。 その後、再び近所のピアノ教室に通うようになり、院長先生の推薦でジャズと出会いました。実はその当時、体調が悪く病院に入院していたのですが、ジャズ音楽が私にとって大きな支えになりました。友達にも『Chopsticks』のような曲をジャズバージョンで披露した時、なぜかカッコよく見える感じもした(笑)。ジャズの魅力にハマってしまったのです。 ![]() -バークリー音楽大学への入学プロセスはどのようなものでしたか? 毎年審査員が韓国に直接訪れ、オーディションを実施して学生を選抜するプロセスを経て入学しました。他の国でも行われているので、一種のグローバルオーディションの概念で捉えると良いでしょう。バークリーでは入学後、3学期目に学科を選択します。作曲、音楽教育、音楽療法など複数の選択肢の中からパフォーマンス学科を選択し、ジャズピアノの実演を学びました。 -パフォーマーとして活動していたが、作曲家として転向した理由は? 複数の要因がありました。ジャズを愛していますが、バークリーで学ぶ中で達成感が不足していました。クラシックは完成した曲でやりがいを感じましたが、ジャズは即興演奏のための練習が多く、深く掘り下げるほど難しく感じました。全く関係のない数学の問題集を解くことで達成感を探るほど苦労しました。作曲は努力すれば成果が出るため、私の性格に合っていました。 また大学院進学を控えた状況で、学校のコンピューター問題によりビザ発行に問題が生じてしまいました。計画と異なり韓国に戻らなければならず、その最中1年先に進学したイ・ジュホン代表から作曲チームを結成しようという提案を受けたんです。当時「やりたいことをしながら生きろ」という家族や周囲の人々の助言をきっかけに、作曲家の道へ進みました。 -ジャズからK-POPへ方向転換したことへの不安はなかったですか? 全くなかった。時間が経つにつれ、ジャンルの境界は曖昧になると考えていたため、これまで学んできた分野とは異なっても、K-POPへの方向転換に負担は感じませんでした。また、多くの本を読んだ人と会話した時、その人の見識が表れるように、多様な音楽を聴き、経験した時間は作曲に反映される。ジャズを学びながら体得してきた経験と知識を作曲に反映させ、自分が持つ感情を音楽に込めるなど、K-POPを表現する方法をより多彩に構成することができました。 -BTOBの『Finale (Show And Prove) 』は、初めて商業的な成果を上げた曲です。 当時、イ・ジュホン代表が涙を流すほど感動していました。バークリー卒業後、私たちが作り上げた最初の成果物だからです。姉がBTOBの熱狂的なファンだったので、意味がより深く感じられました(笑)。 -RESCENEというチームの企画意図とアイデンティティーが気になります。 急速に消費され、急変するK-POP市場で生き残らなければならないことが、RESCENEを企画する際の最大の課題でした。悩んでいたところ、イ・ジュホン代表が突然『香り』というキーワードを提示し、チームメンバーはこれに「プルースト効果」を加えました。RESCENEの音楽は聴覚的な体験に限定されるのではなく、 嗅覚的な香りが感じられるように企画されたのです。すべてのアルバムコンセプトは、この方針に基づいて制作されています。 -RESCENEはリブとミナミの2人のメインボーカルがいますが、全体的なハーモニーを重視しているようです。 その通りです。実際、代表はメンバーの役割を限定したくなかったのです。それぞれ独自の魅力を持っているのに、彼らの潜在能力を特定の枠組みに 閉じ込めるような感覚だからです。RESCENEはすべてのメンバーがメインダンサーでありメインボーカルです。ここに私は互いが際立つことができる部分を丁寧に作業し、メンバーの音声特性を生かすよう努めています。これにより調和に焦点を当てています。 ![]() -個人的に最も愛着のある曲があれば教えてください。 2集ミニ「Glow Up」の最初のトラック『Crash』です。なぜか涙が出るポイントがあり、この感情をメンバーにも直接伝えたいと思いました。そのため、曲を作業する際、メンバーに個人的に相談した経験を反映させました。また、メンバーのゼナが歌で感情を表現したことが『Crash』で初めて現れたほど印象的でした。そのため、思い出深い曲です。 -『Crash』を聴くと、雲の上を漂うような気分になります。 飛行機の中で歌詞を書いたのですが、この感情がうまく伝わったようです(笑)。感謝します。 -昨年のRESCENEとのインタビューで、メンバーの意見に耳を傾けていると聞きました。 曲を制作する際に、代表はメンバーの意見を頻繁に聞き、できるだけ反映するよう努めています。私も同じです。特にメンバーがアイドル生活を終えて、皆から愛され、模範となる大人に成長してほしいと思います。そのため、受動的な姿ではなく、能動的に自分の主張を言える自己意識を育みたいのです。水平的な社内構造といったところでしょうか。メンバーだけでなく、従業員にも適用されるTHE MUZE ENTERTAINMENTの価値観です。 -K-POPシーンにおいて、キム・ヘス理事独自の哲学は何でしょうか? 流行は巡り巡るものですが、同じ形では戻ってきません。時代的な特性やアーティストの表現方法など、多様な要因が組み合わさって新しい流行に発展すると考えています。このような現象を見逃さないためには、過去の世代の音楽や現在の文化現象など、多方面の特徴を把握する必要があります。 -『K-POPを創る人々』の公式質問です。キム・ヘスが考える良いプロデュースの基準とは何でしょうか? 曲を企画し制作する過程で、私が表現したい感情を伝える事です。まずアーティストが理解し共感することが前提条件であり、そのための努力をする。例えば、アーティストが恋愛を経験したことがなくても、曲の感情線を理解し表現できるように、細やかな作業を進めます。 -最後はIZAの公式質問です。キム・ヘスを音楽の世界へ導いた人生の音楽やアルバム、またはアーティストを教えてほしいです。 Wonder Girlsは私のミューズです。最初で最後に心躍らせたK-POPグループであり、現在のK-POPプロデューサーとしての私を導いてくれたアーティストです。RESCENEを企画する前に、ソネの『Just a Dancer』を作曲し、実際にリリースされました。いわゆる “成功したオタク” になった瞬間だったし、アーティストに個人的なファン心を伝えました。 また、現在は故人ですが、ジャズピアニストのマッコイ・タイナーの音楽を本当に好きです。アメリカのブルーノート・ジャズ・クラブで彼の最後の公演を観覧したこともあります。 2025.07.10【IZM】 |
以前イ・ヘインを取り上げたIZMの連載企画に、RESCENEが所属するTHE MUZEエンターテインメントの作曲家兼取締役理事でもあるキム・ヘスさんのインタビューが掲載されていたのでご紹介します。THE MUZEというと当然ながら元HIGHBROWの代表イ・ジュホン氏しか認識していなかった者からすると、RESCENEの制作面からしても大変興味深い内容のインタビューとなっています。
RESCENEの最新作『Deja Vu』にしても、前作『Glow Up』にしても、ポップソングとしての出来はとっても良い仕上がりではあるのですけど、「オレの好きなRESCENEの香りはソレじゃねー--!!!」的な人は自分以外にも一定数いるんじゃないのかなぁ?と勝手に想像してました。最新FIFTY FIFTYにも言えるかな? すでにグループとしてのカラーがしっかりとあるのに、何で他グルの真似事みたいな曲出すのかな…と。『Glow Up』なんて作ってる本人達が意図せずとも、見た人ほぼ全員ILLIT意識しちゃった風に聴こえるでしょ。
そこら辺の疑問もこのインタビュー読んで理解、理解。大衆に彼女達の名を広く届けなければならないイ・ジュホン代表がRESCENEのサイドAを推進し、『Mood』『Pinball』『YoYo』といったグループ独自のもう一つの顔であるサイドBを細部にまでこだわるキム・ヘスさんが主に手掛けて、RESCENEの音楽が完成されるというワケですね。マイナーな曲という言い方が正しいのか分かりかねますが、個人的にはこのサイドBこそがRESCENEの神髄だと思われ。『Crash』も本当に大好きや。
ちなみにBTOBには『フィナーレ』なる曲は2つ存在していて、THE MUZEが参加されている方は、かの2021年Mnetのカムバック大戦『KINGDOM : LEGENDARY WAR』のファイナルラウンド用に作られた『Finale (Show And Prove) 』。もう一つは2017年発売の2ndフル「Brother Act.」に収録の『Finale (Our Concert) 』。さすがBTOB、どちらも感動的な曲です。
キム・ヘスさんの最愛ドル、ワンダーガールズのソネへの曲提供も語られていますね。ワンガについてはあまり詳しくないのですが、ソネはtvN『ママはアイドル』という元アフタースクールのカヒやジュエリーのジョンア達とママでもアイドルとしてもう1度ステージに…というバラエティ番組を観ていたので、よく覚えています。この企画を通じて本格復帰開始して、あのブロックベリーと契約して出したのが『Just A Dancer』をタイトル曲としたソロ初のミニアルバム「GENUINE」でした。現在でもミュージカルを中心に精力的に活動中です。
「ワンガつながり」というわけではありませんが、キム・ヘスさんのインタビュー画像を拝見して、ぱっと見、女優に転向したアン・ソヒさんを瞬間的に思い浮かべてしまいました。今回キム・ヘスさんのインスタグラムもありましたので見ていたら本当に美しくて勝手にドキドキしてしまった次第。RESCENEのメンバー達にも非常に近い所にこれほどまでに有能で頼もしいオンニがいるという事は、何でしょうオタク的にも安心できますね。
RESCENEは「Dearest」で初動8万越えという中小ドルとしてはかなり高い売上を記録し、8月遂に初のソウル単独ファンコンサート開催が決定しています。少しずつではありますが、ステップアップを確実なものとして歩んできました。さあ、そろそろ本格的なイル活も視野に入れ始めている時期ではないでしょうか。ミナミちゃんの日本での笑顔が見たいものですね。
そうそう最後に萌えミナミエピソードを一つ。まだRESCENEデビュー前、2023年5月に発売されたCLASS:yのデビュー1周年を記念したファンソング『My Love』。これを手掛けたのもTHE MUZEで、実はこの曲のガイドボーカルを歌ったのが「私だった」と、今年になってミナミ本人が告白しています。一緒にサバイバルを戦ったチングのファンソング…、そして最近会ったヘジュオンニがミナミをギュッと抱きしめてくれたそうな。


